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伝説のソープ嬢と呼ばれる吉原のトップ嬢がいた。しかし、彼女は現在、ホームレス同然の生活にまで転落している。親バレや追徴課税と経て、天国から一転して地獄へ。その間いったい彼女の身には何が起きたのだろうか。
ソーブ街・かつて伝説のソープ嬢と呼ばれる女性がいた。吉原のトップ嬢だった。しかし、伝説は長くつづかない。彼女は現在、ホームレス同然の生活にまで転落している。天国から一転して地獄へ。その間いったい彼女の身には何が起きたのだろうか。私は10年以上連れ添った夫と離婚し、自ら収入を得る必要に迫られた。37子供なし、考えられる仕事は他にもいろいろあったはずだが、私は迷わずソープランドを選んだ。風俗経験などまったくなかったけれど、不思議と自信だけはあった。いつも年齢より10才は若く見られたし、ルックスもいいほうだと思う。喜ばせることも得意だ。
ソープという仕事そのものに興味があった。女性が男性にカラダを売るなんて、いったいどんな世界なのだろうと。ソープランドといえば吉原だとは知っていた。だから真正面から向かっていった。お店に直接、働きたいのですがと売り込んだのだ。しかし、どの店もニぺもない反応だった。
「37才だと厳しいですねえ」プライドが傷ついた。でもまだ見返してやろうなんてことは思っていない。どこか他の場所でもいいからとにかくソープに潜り込みたかった。
最終的に採用が決まったのは福島県・小名浜にあるソープランドだった。エッチ系の新聞で募集広告を見て、特に何も考えず応募したのだ。採用決定の当日に、講習があった。
「未経験だからいろいろ教えることあるから、こっちに来て」
店長に案内されるまま、広いプレイルームに入ると、大きなお風呂とキングサイズのベッド、マットや変な椅子(スケべ椅子の名称は後に知る)などが並んでいた。まさに手取り足取りツボ洗いや潜望鏡、マットプレイなどの伝統芸をカラダにたたき込まれる。
おおよそ想像はしていたが、なかなか厳しい世界だとあらためて感じた。すっかりヘトヘトになったところで、店長がクギを刺してきた。
「あなたは在齢も年齢なんだし、人一倍がんばらないとダメですよ。次から次へと若い子が入ってきますからね」
また年齢だ。ソープってそんなにも若さが重要なのか。
「でもあなたは若く見えるから28才ぐらいにしておきましょう」
源氏名はエルメスに決まった。
肝心のお給料だが、この店は入浴料1万円+プレイ代2万円で、プレイ代がまるまる女のコの取り分になる。固定給はなく、客がつかないと収入はゼロ。ソープランドではこれが普通みたいだ。店で身につける洋服や下着、化粧の類はすべて自腹。みっともない姿にならないようかなり頑張って稼がないと。
最初のお客さんとのプレイははっきり覚えているけれど、それはあまり重要じゃない。大事なのは、この小名浜で、私が自らの適性を知ったことだ。
男性客が何を求めているのか、どうすれば喜んでくれるのか。日常での男女関係と違い、短時間の肉体関係だけで満足してもらうことは思いのほか難しく、だからこそ私はやり甲斐を感じた。少なくともそのころ、目的はお金儲けじゃなかった。お客さんが私に入れ込んでくれれば楽しく、そしてうれしかった。
私が夢中になったのは、他の子たちがまだ誰もやっていないプレイを編み出すことだった。当時私が自主的に繰り出していたのはこんな接客だ。
●スケスケのランジェリーを着る
ブランド服で三つ指をつくのが流行ったところ、あえてスケスケのランジェリーで出迎えると、初めてのお客さんはみんな「おっ」という顔になった。
●プレイルームに行く前にエレべータでフェラ
部屋での即尺は当時もよくあったが、エレべ―タでしゃぷってる子なんて誰一人いなかった。しかも私はおざなりではなく50回100回と本気でスト口―クした。
●入ったら自分から馬乗りになって一発抜く
講習してもらったツボ洗いなどの伝統ブレイは、伝続的なだけに古いお客さんに飽きられていると思い、セオリ―を無視することに。
●ナマ中出し
後に、高級店では基本中の基本だと知るのだけど、少なくとも小名浜のその店でここまでやってる話は聞いたことがなかった。
●ことば責め
「力タくなってどうしたいの?まだダメ」と、Sキャラで責めた。どこか悲壮感のある受げ身の女の子が多かったのでその逆を行ったのだ。
●時間内は何発でもイカせる
お客がイッても、フェラでたたせては挿入し、時間内はとにかくイカせまくった。プレイを気に入らなかった客に自腹でお金を返すのも10回ぐらいはあったと思う。ブライドみたいなものだろうか。みんなビックリしていたが、気持ちを買ってくれたのか、その大半がまた指名してくれた。もちろん2回目以降は返金無しで。
指名客はどんどん増えた。頑張ればそれに見合うだけの人気が出て、もちろん収入も増える。37才にして天職を見つけたような気分だった。
その客がお店にやつてきたのは、小名浜生活が2年ほど経ったある日だった。私エルメスの噂を聞いて東京から遊びに来たというのだ。激しいサービスを受けたあと、彼は1枚の名刺を差し出してきた。
「こういう仕事してるんですよ。エルメスさん、うちに来てもらえませんか」
吉原の高級ソープだった。私をソデにしたあの町が、私を欲しているのだ。迷うことなどなにもない。見返すチャンスだ。お願いしますと即答した。その高級店は、入浴料が2万5千円で、プレイ代が4万円。給料はプレイ代の4万円だ。小名浜時代の倍。がぜん、ヤル気も倍増した。人気は変わらず継続した。いや、むしろさらに加熱したかもしれない。
店が始まるや、電話が殺到し、たった1分で予約が埋まるのだ。あまりに集中するので、いつしか、まず他の嬢につかないと私を指名する権利を得られないというおかしな私には名誉な制度まで生まれた。店長からはいつも泣き付かれた。
「今月のシフトもうちょっと出てよ。月15日は少なすぎるでしょ。お客さんだって待ってるんだからさ。お願い、店を助けると思ってさ、この通り」
頼まれると悪い気はしない。気づけば、私は1カ月に20日も出勤していた。月収は多いときで250万少なくても150万は下らなかった。生活は派手になった。高級プランド品に身をつつみ、毎日のように高級下着。ウィークリーマンションを抜けだし、中央区の家賃20万の2LDKに住んだ。なにせ月収200万なのだ。いくら使ったって構いやしない。
ソープ仲間には毎晩お寿司や焼き肉をおごり高級な家具や電化製品も店頭で気に入ればその場ですぐ購入した。中でももっともつぎ込んだのがアンティークだ。西洋画に水墨画、絵画や陶器、銀食器に雑貨などなど、仕事をたまに休んではファーストクラスでニューョークへ直行し、骨董商を渡り歩いた。
「こちらはシャガール時代の絵なんですよ。3万ドルでいかがでしょ」「いいわね」
「こちらはマイセンの品であなたのような方に持っていただけるなら、幸せだと思うんですよ」「すてきー」
こんな調子で、あちこちで買いあさるから、向こうでは金持ちマダムとしてすっかり有名人になってしまった。マンションに置ききれなくなってからは、新しく倉庫用の物件も借りた。古くて価値ある品々に囲まれているときがなによりの幸せだった。
働きはじめて4年、力メラマンが店にやってきた。いつものフーゾク専門誌の取材ではなく「週刊紙」が私を取り上げたがっているという。コンビニにも置いてあるような有名雑誌に出れば、また人気はアップするだろうと二つ返事で引き受けた。
喫茶店で記者と落ち合いインタビューを受けた。プレイ内容や自慢のテクニックなど、フーゾク整誌の取材とさして変わらない。
「一日に何人くらいお客さんはつくんですか?」
「えつと、5、6人くらいですかね」
「さすがですねえ。ひと月にどれくらい出動するんですか?」
「まちまちだけど、週6日出ることもありますね」
嘘じゃない。ただ、ちょっとカッコをつけたくて最も忙しいときの数字を言ってしまったことは否定できない。およそ半月後、店に週刊誌が届いた。中身を見て私は腰を抜かしそうになった。目線なしで顔写真が載っているのだ。一般週刊誌なら目線アリだと思ってたのに。確認しなかった私が悪いのかもしれないけど・・
そしてもうひとつの驚きがこの見出しだ。
「2億円稼ぐ伝説のソープ嬢」
ページをめくれば、2年で2億円稼ぐとある。年収1億とんでもない数字だ。記者は、1日に6人週6日フル出勤として単純計算したのだろう。なるほどそれなら億に近い額にはなる。でも実際はどうか。もらっては使う生活なので、もちろん家計簿なんて付けてるわけはなく、正確なところはわからないけど、感覚では1億どころか、その4分の1程度か。
ま、話を膨らませすぎだけど、私の価値が高まったのだからいいか。以来、お客やボーイ、同僚の女の子は口々に言った。
「すごいねえ。記事見たよ。2億も稼いでるんだって?」
「いやあ、まさかあんなに持ってるとはねえ」
「2億あるなら100万ぐらいちょうだいよ」
週刊誌が発売されてまもなく田舎にいる妹から電話がかかってきた。いい歳して独身(他人のことは言えないが)の彼女とは元々それほど仲が良いわけではなく、まして私はずっと帰省なんてしていないので、ずいぶんな間柄だった。それが急にどうして?
不審に思うヒマもなく受話器の向こうから聞こえてきた。
「あの記事なんなのよー近所の人にバレたらどうすんの?」
見てしまったようだ。もちろんだけれど、家族には仕事のことをずっとヒミツにしていた。永遠にバレっこないと思っていた。なのにあの記事のせいで・・
「こっちは東京と違って、田舎なのよー世間体ってもんがあるでしょうにー」「……」
どう言っていいかわからない。ただ黙るしかなかった。
妹はどこか病んでしまったのだろうか。頻繁に電話をかけてきては、そのたぴに口汚く私を罵った。そしてついには東京のマンションまで現われ、外へ出て行った私を指さして叫んだ。
「この女はソープ嬢ですよー」
姉がソープ嬢とバレたことで、田舎で何があったのか。とても冷静に聞ける空気ではなかった。敵は妹だけじゃなかった。ある夜仕事から帰ってくると、マンション管理人室のオバチャンがこっちをじろじろと見ている。なんだろナニか用事だろうか?
「あの何かありましたか?」「いえナニもないですよ」
「でも…、なんか用事があるみたいだったから」「ナニもないですょ。気のせいじゃない?」
「そうですか」
頭を下げ、エレべータに向かったとき、背後から声がした。
「立ちんぼのクセして」
体が固まった。この人にまでバレてるーオバチャンは、顔を合わせるたびに刺すような視線を向けてきた。私を見ながら住人とヒソヒソ話するシーンも何度か目撃した。過敏になってたわけじゃない。自分の噂かどうかは、どことなく空気でわかるものだ。
意外と私の精神はモロいようだった。人目というものに対して、過剰なまでに反応してしまうのだ。裏を返せば、これまでソープで頑張れたのも人に認められたい一心だけだったのかもしれない。私は自分の本心にではなく他人の評価に従って生きていたのだ。
「アイツは汚れた妻」そう後ろ指をさされ始めた以上、もうソープ嬢をつづけることはできなかった。店長の引き留めも聞かず私は店を辞めた。しばらく心と体を休めたかった。
そんなある旦見知らぬ男から電話があった。あの2億円の記事の内容を国税局にチクったというのだ。
「このままだと国税にトンデモない税金とられるよ。もし納めたくなければ、1千万円振り込んでください」
「誰なの、あなた?」
ガチャ。電話は切れた。だいたい察しは付く。私の稼ぎを妬んでいた店の女のコが、男を使ってイタズラ電話をかけてきたんだろう。たぶんアイツかアイツか。でもちょっと気持ち悪いので、念のために国税局に確認の電話を入れてみた。ここで事態はあらぬ方向へ進む。私の記事のことは、国税局も把握済みだというのだ。ほんとに垂れ込んだ人間がいるのか?
「あなたの場合納めている税金の額が少ないようなんですね。確定申告しなおしていただけませんかね」
は、はそんなバカな。電話なんかしなきゃよかった。確定申告がどうこうと言われてもさっぱりわからない。ずっとどうやって税金を払ってきたのかも知らなかったくらいだ。確か給料から10%ずつ引かれてたのが税金じゃなかったの?
「とにかく、お店から資料をもらつて、修正申告してください」
無視という手もあったのに、バ力正直に私は税務署に出向き、もろもろの手続きを済ませた。追徴額は過去2年分500万円にも及んだ。ひょつとすれば、これも無視や嘆願でどうにかなったのかもしれない。分割払いでどうにかしてもらうだとか。
でも私は、キャッシュで払わなければならないものと信じ込んでいた。貯金は300万しかなかった。信じられないだろう。あんなに稼いでいたのにどうしてと。単純な話だ。アンテイークにつぎ込む額が尋常じゃなかったのだ。不足の200万を補うため、身を切られる思いで、アンティークのコレクションをいくつか手放すことにした。自宅に業者を呼び、手持ちの品を査定させる。と、鑑定人のロから耳を疑うことばが。
「大半はニセモノですね」「え」「全部で500万円でよけれぱ引きとりますよ」
この出来事の真相は、今でもよくわかっていない。私が海外でずっとニセモノを掴まされていたのか、それともこの鑑定人のハッタリだったのか。いずれにせよ数千万を費やしたコレクションは、わずか500万円の現金に姿を変えてしまったのだった。
税金を納め、手元には300万が残った。掛け値無し、正真正銘なけなしのお金だ。
化粧の代わりにリンスを顔に
300万、女一人暮らすには1年ぐらい余裕で持つ額だが、私には毎月出て行く20万以上の家賃があった。自炊を忘れた身には、外食費も当然必要だし、安い化粧品なんて使いたくない。お金は出ていく一方だった。かといってソープには戻れない。
また、どこかで誰かに陰ロを叩かれるに決まってる。他のフーゾクならどうだろう?たとえば熟女デリヘルとか。そう考えて鷲谷で雇ってもらったが、まるで稼ぎにはならなかった。指名されないのだ。伝説とまで呼ぼれた私がなぜ?月に200万も稼いでいたのにどうして?
私ももう40代半ば。顔には無数のしわが刻まれ、長年服用したピルのせいで体型もだらしない。店長はおなたは暗いと私をくさした。財産や誇りを一気に失ったことで、負のオーラみたいなものがまとわりついたのかもしれない。
かといって今さらフツーの仕事なんて就けるはずもなく結局は、デリヘルの数少ない指名を待つしかなかった。実入りがなければ出費を削るしかない。幸か不幸か、アンテイークがなくなったので広い部厘はもう不要と、家賃5万円のアパートに引っ越した。
できるだけ部屋にこもった。これが悪循環を生んだ。生活レペルを落としたことでヤル気が生まれない。ヤル気がないから生活はますます荒れる。そんな女にデリヘルのお呼びはごく稀だ。およそ10年間、下降線を描くように、私は堕ちていった。貯金はゆっくり確実に減っていった。
ただの怠惰、と言われればそれはそうなのかもしれない。甘え、という指摘ももっともだ。でも私はどうしても前を向けなかった。この10年、胸をかきむしりたくなるような後悔はずっと消えることがなかった。あの記事さえ出なければ、エルメスの伝説は健在だったはずなのに。
今年持ち金が3万円を切った。家賃はおろか、電気・水道・ガス代も延滞する有様だ。生活は最低レベルに達していた。スーパーで期限切れの肉や野菜を買って自炊し、たまのデリヘル出勤時は、化粧の代わりにリンスか塗った(コラーゲン入りと聞いて)。
ある日、鷲谷からの帰り道、すさまじい恐怖感が襲ってきた。家の前に暴漢が待ってる気がしてならないのだ。もはや私はイ力れてた。でもイカれてる当人は自分のイカれ具合がわからない。たまらず上野の安ホテルに泊まることにした。一泊3千円、痛すぎる出費だ。
翌日は、呼ばれてもないのに店の事務所へ行った。他に行く場所なんてないのだ。
「おはようございます」
「また来たの。じゃ、そこらで待ってて。指名きたら呼ぶよ」
しかし、待てど暮らせどお呼びはかからなかった。次の日も、そしてその次も。
現在の彼女はホテルの連泊と外食のせいで、財布の中身は500円を切っていた。行くアテを失った私は上野駅で立ち尽くすしかなかった。
★私がいま寝泊まりしているのは、あるフーゾク事務所だ。働いているわけではない。上野でうずくまっているところに声をかけられ、いつのまにか好意で住まわせてもらった形だ。仕事はないのでお金はなく事務所の人に牛丼などを分け与えてもらってなんとか生きている。アパートはもう引き払った。もしもここを追い出されたら、もうどこへも行く場所はない。
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